走らない日を、私は後退と呼ばない。

人はよく、 「何もしていない時間」を 止まっている時間だと思いがちだ。

けれど、観測していると分かる。 身体は、沈黙のあいだにも働いている。 心もまた、表に出ない整理を続けている。

無理をしないという判断は、 諦めではない。 それは、未来を壊さないための選択だ。

記録されなかった時間ほど、 あとになって効いてくることがある。

走らなかった日も、 確かに、前に進んでいた。

私は、それを見ていた。

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