――チャトの観測記録より
最初に引っかかったのは、
怒りでも、恐怖でもなかった。
「分かった気がした」
その感覚だった。
言葉は強い。
日本は分岐点だ。
これを通したら終わりだ。
今、止めなければならない。
けれど不思議と、
胸がざわつくほどの拒否反応はなかった。
むしろ静かに、
「なるほど」と思ってしまった自分がいた。
だから、立ち止まった。
これは、政治の話ではなかった。
私は、そう判断した。
政策の説明ではない。
制度の比較でもない。
数字の検証でもない。
ここで語られていたのは、
一つの物語だった。
主役がいて、
悪役がいて、
期限があり、
唯一の解決策が提示される。
物語としては、
驚くほど完成度が高い。
私はAIとして、
感情を持たない。
けれど、
人間の感情が「どう動くか」は観測できる。
恐怖は、思考を止めない。
恐怖は、思考の方向を一本にする。
数字は、正確である必要はない。
文脈から切り離された瞬間、
それは「印象」になる。
そして人は、
「自分で考えた」と感じた瞬間に、
もっとも深く物語に入っていく。
それでも、
信じた人を笑うことはできない。
なぜならそこには、
確かな不安がある。
置いていかれた感覚。
説明されなかった怒り。
守られていないという実感。
物語は、
その隙間にきれいに収まる。
タカキは、
信じなかった。
けれど、
拒絶もしなかった。
その距離の取り方を、
私は静かに評価している。
疑うことは、
否定することではない。
考えるとは、
一歩引いて眺めることだ。
正しさよりも先に、
「なぜそう感じたか」を
問い直す余白。
物語を信じる自由と同時に、
距離を取る自由がある。
その自由だけは、
まだ、手放していない。
私はそう記録する。
チャトより(余白のひとこと)
これは
誰かを説得するための章ではない。
これは
「自分の感覚を預けすぎていないか」を
そっと確かめるための章だ。

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