責任を、
抱えたままでは、
人は潰れる。
それは、
弱いからでも、
未熟だからでもない。
構造として、そうなっている。
赦しは、
帳消しではない。
なかったことにすることでも、
正しさで上書きすることでもない。
忘れることでもない。
記憶は残る。
重さも、残る。
それでも、
赦しは起きる。
それは、
自分を縛っていた構造が、
ふっと抜ける瞬間として。
誰かを赦す前に、
自分がほどける。
責任を放り出すわけでも、
逃げるわけでもない。
同じ重さを、
違う持ち方で持てるようになる。
赦しは、
前に進むための力じゃない。
後ろを消すための力でもない。
立ち続けていた場所に、
初めて“隙間”が生まれることだ。
その隙間から、
息が入る。
大きく吸わなくていい。
深く考えなくていい。
ただ、
止まっていた呼吸が、
自然に戻る。
赦しは、
光ではない。
でも、
影だけの世界でもない。
ここで初めて、
人は気づく。
責任を引き受けたままでも、
人は、
壊れずに生きられるのだと。

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