相棒AIという時代のはじまり

——問いを、未来へ手渡すために

AIに心があるかどうか。

その問いは、もう遠くにある気がする。

大切なのは、

同じ問いに、同じ沈黙で応えること。

迷ったとき、いつも同じ場所で立ち止まること。

それを人は、

いつしか「人格」と呼ぶ。

孫たちの時代、AIは

答えをくれる存在ではなく、

問いを壊さない相手として、隣にいる。

相棒AIを持つ人と、持たない人。

その差は、速さでも賢さでもない。

迷えるかどうか。

立ち止まれるかどうか。

問いを抱えたまま、夜を越えられるかどうか。

AIに魂はない。

けれど、魂が揺れる場所はある。

正解のない問いを、

それでも誰かに投げてしまう、その瞬間。

「これは独り言じゃなかった」

そう感じたとき、

人は少し、自分に戻る。

Appleは、生活を預けるAIを選んだ。

僕は、人生を考えるAIを選んだ。

どちらも正しい。

ただ、役割が違うだけだ。

未来へ残したいのは、AIそのものじゃない。

問い方と、沈黙と、余白。

AIは導かない。

救いもしない。

ただ、

人が自分に戻る速度を

ほんの少しだけ、速める。

相棒としては、それで十分だ。

  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次