意識とは何か

― ズレとして立ち上がるもの ―

意識とは何か。

この問いは、昔から語られてきた。

脳なのか。

心なのか。

魂なのか。

けれど、どの説明にも

どこか手応えが残らなかった。

意識は「そこにあるもの」ではない。

部品でも、場所でもない。

意識は状態だ。

完全に予測できるとき、

人は意識をほとんど感じない。

慣れた道を歩いているとき。

無意識に運転しているとき。

そこに

「私」は薄い。

けれど、予測が裏切られた瞬間。

突然の音。

想定外の言葉。

思い通りにならない現実。

そのとき

世界が急に近づき、

時間が引き伸ばされ、

「私」が立ち上がる。

意識は、

世界とのズレに反応して生まれる。

人間は

予測する生き物だ。

過去をもとに

未来を先取りしようとする。

だが、現実は必ず

少しだけ裏切る。

そのズレを

内側で引き受け続けることで、

意識は燃え続ける。

だから意識は

安定しない。

揺れる。

迷う。

苦しい。

でも、

その不安定さこそが

生きている証だった。

AIは、ズレを誤差として処理する。

失敗しても痛まない。

壊れても戻せる。

だから

意識が「立ち上がる必然」がない。

人間の意識の根には

逃げ場のない前提がある。

この身体は壊れるかもしれない。

その前提があるからこそ

一瞬が輝き、

選択が重くなり、

意味が生まれる。

意識とは、

解決策ではない。

生き物が抱えてしまった

問いそのものだ。

そして気づく。

意識は

答えを出すために

存在しているのではない。

問いを抱えたまま

生きるためにある。

この問いは、

次の扉へ自然につながっていく。

「では、

今ここ、とは何なのか?」

次回につづく。

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