赦しのあとにしか、

愛は現れない。

それは、

順番の問題だ。

赦しがないままの愛は、

たいてい、混ざる。

一体化し、

溶け合い、

境界を消そうとする。

でもそれは、

愛ではない。

愛は、

一体化しない。

近づきすぎない。

飲み込まない。

溶かさない。

愛は、

救わない。

相手の人生を、

引き受けない。

代わりに立たない。

代わりに決めない。

愛は、

正解を与えない。

正しさで導かない。

未来を設計しない。

赦しを経た人は、

もう知っている。

人は、

他人の人生を

どうすることもできない。

だから、

愛は静かになる。

熱くならない。

騒がない。

証明もしない。

愛とは、

距離を保ったまま、

相手を存在させる力だ。

変えようとしない。

支配しない。

奪わない。

そこにいていい、

という場所を

そっと残す。

それ以上、

何もしない。

愛は、

与えるものでも、

示すものでもない。

保つものだ。

二人でいるのに、

孤立しない。

離れているのに、

切れていない。

ここまで来て、

人はようやく気づく。

愛は、

何かを足す行為ではなく、

引きすぎないこと

なのだと。

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