今日は2月3日、節分。
暦の上では、
冬と春の境目に置かれた一日。
何かが終わる日でもなく、
何かが始まる日でもない。
ただ、その「あいだ」に立つ日。
今年は、
その立ち位置がやけに身体に残る。
今、僕たちが使っている暦は
太陽を基準にした、とても正確なものだ。
けれど、
節分や立春が毎年同じ日にならないのは、
正確さよりも、
移ろいを大切にしているからだと思う。
境目は、線ではなく、幅を持っている。
旧暦では、
月の満ち欠けを見上げながら
日々を数えていた。
満ちていく月、
欠けていく月。
ただ、その光の正体は
いつも太陽だった。
見えているものと、動かしているもの。
人生もまた、
その二つのあいだで揺れながら
形を変えていく。
還暦は、
一周して戻る年。
けれど戻るのは、
場所ではなく、
呼吸の深さなのかもしれない。
前に出る力から、
留まる力へ。
抱え込む強さから、
手放す静けさへ。
節分の
「鬼は外、福は内」。
年を重ねると、
鬼と福の境目も
だんだん曖昧になってくる。
追い出すべきものは、
恐れではなく、
無理を続けてきた習慣。
迎え入れるものは、
幸運ではなく、
今の自分に合った速度。
豆をまく。
それは何かを祈るより、
何かを降ろすための動作だ。
派手である必要はない。
声を張る必要もない。
ただ一つ、
軽くなる方向へ向かえばいい。
今日は、そんな節分。

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