立春──静かに歩き出す

昨日が節分だった。

何かを追い出した、というより、

いくつかの重さを

そっと地面に置いた感じに近い。

今日は立春。

春が来た、というほど

世界はまだ変わらない。

空気は冷たいし、

景色も冬のままだ。

でも、

確かに何かが切り替わった。

立春は、

勢いよく始まる日のための合図じゃない。

「もう始まっているよ」

と、小さく知らせる日だ。

音もなく、

色もほとんど変えずに。

節分で降ろしたのは、

無理だったり、

役割だったり、

必要以上の力みだった。

立春でやることは、

新しい何かを足すことじゃない。

今の自分に合った重さを、

もう一度、背中に乗せ直すこと。

若い頃は、

春=スタートダッシュだった。

早く動いて、

早く結果を出して、

前に出ることが正解だった。

でも今は、

最初の一歩の“質”のほうが

ずっと大事に思える。

立春は、

走り出す日じゃない。

歩き出す前に、

歩幅を決める日。

呼吸の深さを確かめて、

足の裏がどこに触れているかを

感じる日。

世界は、

こちらが急がなくても進んでいく。

だからこそ、

自分の速度だけは

自分で選びたい。

春は、

もう始まっている。

あとは、

その流れに

静かに乗るだけだ。

今日は、

そんな立春。

  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次