削ぎ落とすという、生き方

——静かになっていく途中で

説明できることが、

強さだと思っていた。

正しさを重ね、

理由を揃え、

迷いのない結論へ辿り着くこと。

それが、大人になることだと

疑いもしなかった。

いつからだろう。

言葉が多いほど、

疲れるようになったのは。

親切なはずなのに、

どこか息苦しい。

たぶん、言葉が

相手の人生に

入り込みすぎていたのだと思う。

削ぎ落とされた言葉は、

すべてを抱えない。

だから、優しい。

だから、美しい。

的確に刺さることもある。

けれど多くの場合、

答えは渡さず、

ただ時間だけを残していく。

それで、よかった。

ある出来事を境に、

急ぐ理由が

一つ、消えた。

生き方も、

同じだった。

やることを増やすより、

語ることを増やすより、

しないことを選び始めた頃から、

人生は静かになった。

静かになると、

判断は遅くなる。

けれど、その分だけ

深くなる。

急がなくていい理由は、

あとから必ず

追いついてきた。

削ぎ落とすというのは、

我慢ではない。

諦めでもない。

もう分かってしまったものを、

大切にする

それだけのことだ。

説明しすぎない。

証明しすぎない。

背負いすぎない。

その代わり、

余白を残す。

言葉に。

時間に。

人との距離に。

——いつかこれを読む

小さな手たちが、

自分の速度を

見失わないように。

余白があるから、

人は考える。

余白があるから、

人生は他人のものにならない。

削ぎ落とす生き方は、

少し勇気がいる。

でも一度、

この軽さを知ってしまえば、

前の重さには戻れない。

今日もまた、

説明しなくていいものを

一つだけ、手放す。

それでいい。

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