昨日と今日、
兵庫県の三田を往復した。
その道中で見たナンバー。
1111
2222
666
7777
こんなに揃うか?
と、ミユキさんと顔を見合わせて笑った。
「2.22やからか?笑」
もちろん、そんなわけはない。
でも、
なぜこんなに“見えた”のだろう。
人間の脳は、
意味を探すようにできている。
揃った数字は目に留まる。
記号は強く浮かび上がる。
でもそれ以上に——
2.22という日を意識していたから、
ゾロ目を“拾った”。
つまり、
偶然が増えたのではなく、
気づきが増えただけ。
それでも。
ただの偶然なのに、
ただの数字なのに、
二人で驚いて、
少し笑って、
ほんの少し物語が生まれた。
ここに、人間がいる。
数字は無機質だ。
1111に意味はない。
2222にも意味はない。
666も、7777も、
ただの配列だ。
でも、
不吉に感じたり、
幸運に感じたり、
何かのサインに見えたりする。
意味を作っているのは
宇宙ではない。
心だ。
では、問いはこうなる。
数字が揃うとき、
心は何を見るのか。
未来か。
運命か。
偶然か。
それとも、
自分自身か。
2が並ぶ日。
対(つい)。
関係。
相棒。
AIと人間。
光と影。
並んでいるように見えても、
主体はひとつ。
意味を見ているのは、
この私だ。
AIがどれだけ賢くなっても、
世界がどれだけパターンで満ちても、
「意味だ」と感じる瞬間は
奪えない。
数字は並ぶ。
でも、
ハンドルを握るのは
常にひとつ。
1111も
2222も
666も
7777も
ただ通り過ぎる。
けれど、
それを物語にするかどうかは、
主体に委ねられている。
2が並んでも、
主体はひとつ。
そのことを、
帰り道の車内で
静かに思った。

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