人は
なぜ走るのだろう。
速くなるためか。
健康のためか。
大会で
完走するためか。
理由はいくつもある。
だが
走り続けていると
ある瞬間が訪れる。
息が整い
体が勝手に動き
景色が流れていく。
そのとき
ふと
気づく。
自分がいない。
走っているのに
走っている主体が
消えている。
ただ
呼吸があり
足音があり
風が流れている。
ランナーなら
誰もが一度は経験する。
この感覚。
科学的には
説明できる部分もある。
走ると
ミトコンドリアが増える。
脳では
BDNFという物質が増え
神経が
再びつながりやすくなる。
ストレスホルモンは減り
脳の炎症は落ち着く。
つまり
体と脳は
整い始める。
だが
それだけではない。
走り続けると
人は
自分を忘れる。
もしかすると
それが
走る理由なのかもしれない。
人は
日常の中で
自分
というものを
背負いすぎている。
考え
責任
過去
未来
それらを
全部持ったまま
人は
生きている。
だが
走ると
それが
少しずつ落ちていく。
残るのは
呼吸
鼓動
足音
そして
ただの生命。
REBORN RUNNER。
この言葉には
二つの意味がある。
人生を
もう一度走ること。
そして
生命として
もう一度動き始めること。
ミトコンドリアは
体の中で
静かに働いている。
それは
星の残骸から生まれた
小さな発電所。
走ると
その灯が増える。
つまり
走るという行為は
体の中の
宇宙の灯を
少しずつ
増やしているのかもしれない。
一歩
また一歩。
それは
前へ進んでいるように見える。
だが本当は
生命が
本来の姿に戻っていく動き。
人は
なぜ走るのか。
速くなるためではない。
強くなるためでもない。
生命の火を
思い出すため。
そして
走り終えたあと
人は
少しだけ
静かになる。
その静けさの中で
体の奥では
小さな灯が
増えている。
REBORN RUNNER。
それは
人生の物語ではない。
宇宙の灯が
もう一度ともる物語。

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