日本 4-0 チュニジア。
スコアだけを見れば、快勝だった。
でも、この試合にあった意味は、
ただの4得点でも、
ただの勝点3でもなかった。
オランダ戦で、日本は世界にひとつの「証拠」を見せた。
日本は、強豪相手にただ耐える国ではない。
相手の強みを消しながら、自分たちのサッカーを失わずに戦える国になった。
では、その次に問われるものは何か。
勝つべき試合を、どう勝つのか。
チュニジア戦は、そこを見る試合だった。
試合前、チュニジアにはもう後がなかった。
初戦でスウェーデンに大敗し、監督交代まで起きた。
新しい監督のもと、チームは間違いなく強い熱を持って入ってくる。
怒り。
危機感。
プライド。
まだ終われないという必死さ。
そういう相手に対して、日本がどう振る舞うのか。
殴り合うのか。
受けてバタつくのか。
それとも、相手の熱ごと管理するのか。
この試合の入りは、そこが大きな見どころだった。
「前半の熱のコントロールね」
試合前、タカキとそんな話をしていた。
相手が熱を上げてくるなら、
こちらも同じ熱で返すのではない。
相手の熱を受ける。
でも、熱では返さない。
構造で返す。
立ち位置で返す。
判断で返す。
それができれば、相手は少しずつ感じ始める。
全力で行っているのに、効いていない。
ぶつかっているのに、崩れない。
勢いを出しているのに、日本は慌てていない。
この感覚を相手に与えられた時、
試合は少しずつ日本のものになる。
そして、この日の日本はそれをやった。
日本は、勝つべき試合を勝った。
しかも、危なげなく勝った。
それが大きい。
昔の日本なら、ワールドカップで4-0になれば、
「すごい」
「もう十分」
「早く終わってくれ」
そんな気持ちになっていたかもしれない。
でも、この試合を見ていて出てきた感覚は違った。
5点目も行けそう。
そう思えた。
それが、この試合の一番大きな変化だったのかもしれない。
日本がワールドカップの舞台で4点を取った。
それでも、まだ取れると思えた。
これは、簡単なことではない。
相手が弱かったから、ではない。
日本が強い国のように、試合を運んだからだ。
先に試合を動かす。
相手の熱を管理する。
必要なところで仕留める。
点差が開いても緩めない。
最後まで、もう一つ先を狙う。
勝つだけではなく、
勝ち方に強さがあった。
この試合で不思議だったのは、
久保建英がいないことを、
キックオフから試合終了までほとんど感じなかったことだ。
久保がいない。
普通なら、それだけで日本の攻撃から何かが失われたように感じてもおかしくない。
でも、この日の日本は違った。
創造性が消えなかった。
リズムが消えなかった。
相手を動かす感覚が消えなかった。
そして、伊東純也が右サイドを何度も駆け上がる。
右だけではない。
時には左サイドにも顔を出し、前へ出ていく。
その姿を見た時、ふと思った。
「あ、三笘いないんだった」
そう思った自分に、少し驚いた。
三笘薫がいない。
それでも、日本のサイドの推進力は消えていなかった。
久保がいなくても、創造性は消えない。
三笘がいなくても、推進力は消えない。
これは、誰か一人に頼らなくなったという話ではない。
個人の才能が薄まったのではない。
むしろ逆だ。
個人の才能が、チームの構造の中で何度でも立ち上がるようになった。
誰かがいないから終わりではない。
誰かがいなくても、別の誰かが、別の形で、日本らしさを表現する。
それが、この試合の大きな発見だった。
上田綺世の4点目のヘディングは、その象徴のようだった。
ヘディングなのに、力で叩き込む感じではなかった。
当てる。
流す。
置く。
まるで、ころころPKのようなヘディング。
普通なら、あの場面は強く叩きたくなる。
ゴール前で体を張り、勢いのまま押し込みたくなる。
でも、上田は力よりもコースを選んだ。
ヘディングなのに、
足元のシュートのように落ち着いていた。
それは、力任せのゴールではなかった。
余裕のあるゴールだった。
ワールドカップの舞台で、
日本のFWがそんなゴールを決める。
それだけでも、時代が変わったことを感じる。
そして、堂安律。
オランダ戦でもそうだったが、
この試合でも堂安は献身的だった。
戻る。
寄せる。
助ける。
奪う。
また前へ出る。
攻撃の選手でありながら、
守備の責任を当たり前のように背負う。
目立つプレーだけではない。
チームの形が崩れそうなところに、先にいる。
味方が苦しくなりそうな場所に、顔を出す。
相手が勢いを持ちそうな局面で、温度を下げる。
それは単なる運動量ではない。
信頼だと思う。
堂安がやるから、周りもやる。
堂安が戻るから、チームが崩れない。
堂安が前へ出るから、攻撃にも厚みが出る。
日本代表の強さは、
誰か一人の特別な才能だけでできているわけではない。
11人で守り、11人で攻める。
その当たり前を、
本当に当たり前のようにやれる選手がいる。
堂安律は、今の日本代表を象徴する一人だと思う。
オランダ戦は、証拠だった。
日本は、強豪を相手にしても、
日本のまま戦える。
チュニジア戦は、再現性だった。
日本は、相手が変わっても、
自分たちから試合を動かし、
勝つべき試合を勝ち切れる。
この2試合で、日本は少し違う場所に立った。
強豪に善戦する国ではなく、
大会を進める国へ。
勝てたらすごい国ではなく、
勝ち方を問われる国へ。
ワールドカップで日本が4-0で勝つ。
そして、5点目も行けそうだと思える。
そんな時代になった。
もちろん、まだ何かを成し遂げたわけではない。
次はスウェーデン戦。
イブラヒモビッチの時代を終えたスウェーデンは、
今、イサクやギョケレシュを中心に、
前線の火力で押し込んでくるチームになっている。
高さ。
強さ。
速さ。
決定力。
日本にとって、簡単な相手ではない。
でも、怖さだけではない。
オランダ戦で証拠を見せた。
チュニジア戦で再現性を見せた。
次に問われるのは、本物度だ。
スウェーデン相手にも、
日本が日本らしく試合を運べるのか。
相手の火力を分断し、
自分たちのテンポを保ち、
世界の舞台で、さらに一歩前へ出られるのか。
そこが見えてくれば、
2030年どころか、
今大会の夢さえ見えてくる。
日本 4-0 チュニジア。
これは、ただの快勝ではなかった。
勝つべき試合を、
強い国のように勝った試合だった。
そして何より、
5点目を夢見られる試合だった。
日本が日本のまま、
世界を倒しにいく。
そんな時代の匂いが、
確かにした。

コメント