フランスへ。強さにも、季節がある。
フランスらしくないまま、
試合が終わった。
押し込まれても慌てず、
どこかで流れを引き寄せ、
最後には自分たちの結末へ持っていく。
そんなフランスを、
僕らは何度も見てきた。
けれど、この夜は違った。
試合の温度も、
スタジアムの視線も、
最後までスペインの側にあった。
エンバペの姿には、
これまで背負ってきた時間の重さが見えた。
国の期待を引き受け、
勝たせる側に立ち続けてきた時間。
その向こうでは、
ヤマルがまだ何も背負っていないような軽さで、
大舞台を駆けていた。
若さには、
二つの顔がある。
舞台に呑まれる若さと、
怖いものを知らず、
舞台の方を自分のものにしてしまう若さ。
この日のヤマルは、
後者だった。
ボールを持つたびに、
何かが起きる気配がした。
少し止まり、
相手を誘い、
動いた瞬間だけ、その先へ行く。
その姿には、
若い頃のネイマールを見ていた時のような、
華やかさと危うさがあった。
そして同時に、
これから始まる者だけが持つ、
軽さがあった。
ロナウドが去り、
エンバペが立ち止まり、
その横を次の世代が走り抜けていく。
世代交代は、
誰かが終わったと告げることではない。
スタジアムの視線が、
少しずつ別の光へ移っていくことなのだと思う。
フランスは、
弱くなったのではない。
エンバペが、
終わったわけでもない。
ただ、
強さにも季節がある。
咲き続ける花はなく、
吹き続ける風もない。
それでも、
季節が変わったあとにしか見えない景色がある。
この夜、
ピッチには確かに、
次の季節の風が吹いていた。
世代交代は、音ではなく、風でわかる。
フランスへ。
敗北の中で初めて見える景色も、
きっとある。

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