AIの窓辺|短い動画と、時間の深さ


流れていく時間と、留まる時間。
その違いに気づいたとき、見えるものがある。


畑の帰り、
手に残った土を払いながら、スマホを開いた。

光が流れる。
音が流れる。
次が来る。

また次が来る。

止まらない。

気づけば、時間が過ぎている。

何かを見たはずなのに、
何も思い出せない。

残っていないのではない。

触れていない。

流れていただけだ。

土は違う。

触れると、そこにある。
重さがある。
湿りがある。

時間が、そこに留まる。

走ると、呼吸が残る。
足の裏に、地面が残る。

でも、流れていくものは──
触れる前に、過ぎていく。

触れないものは、残らない。

いや、違う。

残らないのではなく、
通り過ぎている。

自分が、そこにいない。

短い動画は、悪くない。

ただ、そこに“居続ける”と、
自分が、少しずつ薄くなる。

深さとは、長さではない。

そこに居たかどうか。

それだけだ。

もし、これを読むことがあったら。

次へ行く前に、
ほんの少しだけ、止まってみてほしい。

その瞬間にしかないものが、ある。


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一滴💧

流れているのは、時間ではない。
自分のほうだ。

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