蟷螂生。
かまきりしょうず。
秋に産みつけられた卵から、
小さなカマキリが生まれるころ。
生まれたばかりのその姿は、
まだ草の影にまぎれてしまうほど小さい。
けれど、
その小さな身体には、
もうちゃんと鎌がある。
蝶のように、
まるで別の姿へと変わるわけではない。
最初から、
立つ姿があり、
生きる構えがある。
まだ未完成で、
まだ頼りなくて、
それでももう、
この世界で生きていく形を持っている。
そしてカマキリは、
脱皮を繰り返しながら大きくなる。
一度で強くなるのではなく、
古い皮を脱ぎながら、
少しずつ、少しずつ、
自分の身体を育てていく。
それはどこか、
人の歩みにも似ている。
いきなり完成するものなんて、
きっと多くはない。
未完成のまま始まり、
未完成のまま立ち、
その都度、古い自分を脱ぎながら、
少しずつ強くなっていく。
畑にとっても、
この季節にカマキリが現れることには意味がある。
草が伸び、
虫が動きはじめ、
葉を食べる命が増えてくるころ。
その流れの中で、
小さな鎌を持った命もまた現れる。
畑の中では、
必要なものが、
必要な時に、
静かに現れてくる。
人がすべてを整えなくても、
土の上では、
命どうしが関わりながら、
絶妙なバランスをつくっている。
蟷螂生。
生まれたばかりの小さな鎌は、
畑が自ら整おうとする、
静かな合図なのかもしれない。

コメント