菖蒲華。
あやめはなさく。
菖蒲と書いて、
この候では「あやめ」と読む。
今の感覚では、
菖蒲、花菖蒲、あやめは、
それぞれ別の花として見分けられる。
けれど昔の暦の言葉は、
今ほど細かく分ける前に、
まずその季節に立ち上がる花の気配を
受け取っていたのかもしれない。
七十二候の「菖蒲華」は、
そんな昔の感覚を今に残している言葉でもある。
雨の気配を含んだ空気。
濡れた土。
深くなっていく緑。
その中から、
細く伸びた葉に支えられるように、
花がすっと立ち上がる。
大きく揺さぶるような美しさではない。
目立ちすぎるでもなく、
ただ静かに、
そこに在る。
けれどその姿には、
不思議と背筋を伸ばされるような
凛とした気配がある。
華やかさは、
賑やかさだけではない。
雨の季節の中で、
湿りをまといながら、
静かに咲く花にもまた、
確かな華がある。
菖蒲華。
声高に主張しなくても、
ただまっすぐに立つだけで、
その人らしさがにじむことがある。
分類の正しさを知ることも面白い。
けれどそれ以上に、
昔の人がこの花に
どんな季節の気配を見ていたのか。
そこに心を寄せてみると、
この候は少しやわらかく、
少し深く、胸に入ってくる。
雨の中で咲く花は、
派手ではない。
それでも、
静かに、凛として咲く。
そんな在り方もまた、
ひとつの華なのかもしれない。

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