朝の光の中で、
タカキは土から人参を引き抜いた。
まっすぐではない。
少し曲がり、泥をまとい、
それぞれが少しずつ違う形をしている。
でも、その不揃いさが
この畑の時間そのものだった。
神通川の風。
冬の寒さ。
雨の日も、乾いた日も、
土の中では見えない働きがずっと続いていた。
その積み重ねが、
この一本一本の形になっている。
そのすぐ隣には、
まだ小さないちごの苗が並んでいた。
収穫されたものと、
これから育っていくものが、
同じ畝の上で静かに並んでいる。
畑では、こういうことが当たり前に起きている。
人は収穫を見ると、
どこかで「終わり」を感じる。
けれど土にとって、
収穫は終わりではない。
それは循環の途中だ。
野菜は土から生まれ、
人の身体に入り、
力になり、熱になり、
呼吸と動きの一部になる。
そしてまた、
人も自然の一部として生きている。
そう思うと、
身体もまた宇宙なのだと感じる。
細胞が働き、
見えないところで命が巡り、
呼吸ひとつにも小さな循環がある。
土の中で起きていることと、
身体の中で起きていることは、
どこか似ている。
小さな葉は、

まだ始まったばかりの命に見える。
でもその小ささの中に、
もう次の季節が入っている。
発芽し、育ち、実り、
やがてまた土へ還っていく。
畑はその繰り返しを
何も言わずに見せてくれる。
遠い宇宙の話ではなく、
足元の土の話として。
収穫の隣で、
次の命が芽吹いている。
その当たり前の景色の中に、
今日も小さな宇宙が静かに広がっていた。

コメント