七十二候|麦秋至(むぎのときいたる)

6月なのに、秋と書く。

最初は少し不思議に見える。
けれどこの秋は、人間の暦の秋ではない。
麦にとっての秋である。

稲がこれから水田に根を張ろうとするころ、
麦はひと足先に黄金色の穂を垂れ、
収穫の時を迎える。

同じ初夏の風の中に、
始まりの命と、
実りの命が、
静かに並んでいる。

思えば、季節はひとつの顔だけで進んでいるわけではない。

人間には初夏。
麦には秋。
田んぼには始まり。
畑には、芽吹きと熟れと還りが同時にある。

麦秋至。

それは、
「季節はカレンダーの上だけにあるのではない」
と教えてくれる候。

誰にとっての季節なのか。
何にとっての実りなのか。

その目線を少し変えただけで、
6月の風は、ただの夏の入口ではなくなる。


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一滴💧

麦秋至。
6月なのに、麦には秋が来る。
季節とは、暦の名前ではなく、
命それぞれが迎える“その時”なのかもしれない。

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