2026年5月。
Phase 2として、本格的に距離を積み始めた月だった。
5月2日に5.83km。
翌5月3日に10.13km。
5月5日にも10.29km。
走れる身体は、確かに戻ってきていた。
けれど同時に、左ふくらはぎが何度も声を出した月でもあった。
5月9日、痛みで中断。
5月23日、10km手前で張り。
5月30日、2km手前で痛み。
月間走行距離は55.50km。
目標の60kmには少し届かなかった。
でも、この月に一番大切だったのは、
距離ではなく、身体の声を聞くことだった。
月間データ
| 項目 | 記録 |
|---|---|
| 期間 | 2026年5月 |
| ジョグ回数 | 7回 |
| 月間走行距離 | 55.50km |
| 合計時間 | 8時間15分15秒 |
| 平均ペース | 約8’55″/km |
| 平均心拍 | 約127拍/分 |
| アクティブカロリー | 約3,202kcal |
| 月間目標 | 60〜80km |
| 達成率 | 約93% |
※平均ペース・平均心拍は、5月の各ジョグ記録からの月間目安。
5月のジョグ一覧
| 日付 | 距離 | 時間 | 平均ペース | 平均心拍 | 内容 |
|---|---|---|---|---|---|
| 5月2日 | 5.83km | 50:46 | 8’42″/km | 126拍 | Phase2、5月初走 |
| 5月3日 | 10.13km | 1:28:19 | 8’43″/km | 131拍 | 前日ジョグ+畑翌日の10km |
| 5月5日 | 10.29km | 1:29:58 | 8’44″/km | 131拍 | 休養明けの安定した10km |
| 5月9日 | 5.14km | 43:38 | 8’28″/km | 129拍 | 左ふくらはぎ痛で中断 |
| 5月13日 | 10.11km | 1:29:01 | 8’48″/km | 133拍 | 痛み明けの10km確認走 |
| 5月23日 | 10.14km | 1:30:41 | 8’56″/km | 126拍 | 低心拍、10km手前で張り |
| 5月30日 | 3.86km | 42:52 | 11’06″/km | 104拍 | 2km手前で痛み、ウォーキングへ |
| 合計 | 55.50km | 8:15:15 | 約8’55″/km | 約127拍 | 5月累計 |
5月前半|走れる身体が戻ってきた
5月2日。
5月最初のジョグは5.83km。
平均心拍126拍。
平均ペース8’42″/km。
心拍は落ち着き、Phase 2の入りとしてはとても良いジョグだった。
翌5月3日。
10.13km。
前日のジョグと畑仕事の疲労がある中で、10kmを走った。
この日は3km付近で左ふくらはぎに張り。
6km付近で両太腿全体に張り。
走り終わった後は、太ももから下がかなり張っていた。
それでも、10kmを走り切った。
5月5日。
休養を挟んで、10.29km。
平均心拍は131拍。
5月3日とほぼ同じ心拍で、少し長い距離を走れた。
5月前半は、
「走れる身体が戻ってきている」
ことを確認できた時期だった。
5月中盤|左ふくらはぎが声を出し始めた
5月9日。
10kmジョグの予定だった。
けれど、4km付近で左ふくらはぎに違和感。
5km付近でジョグを中断した。
帰りはウォーキング。
その後、帰宅してから痛みが増した。
これまで左ふくらはぎは「張り」や「違和感」程度だった。
でもこの日は、初めて痛みを伴う歩きにくさが出た。
これは、5月の流れの中で大きな転換点だった。
5月13日。
4日後に10.11kmを走った。
走れたことは良かった。
ただし、平均心拍は133拍。
ゾーン3も20分を超えていた。
心肺は処理できていた。
でも、身体全体としては少し負荷が高かった。
この時点で、
「走れた」ことと
「完全に戻った」ことは
分けて見る必要があった。
5月後半|張らずに帰る練習へ
5月23日。
10.14km。
平均心拍は126拍。
ゾーン4・5はゼロ。
低強度で距離を踏む練習としては、とても良い内容だった。
けれど、10km手前で左ふくらはぎに張りが出た。
この日の記録で見えたことは、
心肺は戻っている。
でも左ふくらはぎは、まだ距離を受け止め切れていない。
ということだった。
振り返れば、この5月23日は、
回復の確認ではなく、
左ふくらはぎがまだ戻り切っていないことを教える途中経過だったのかもしれない。
そして5月30日。
2km手前で左ふくらはぎが痛み出した。
ジョグは中止。
ウォーキングに切り替えた。
この日は、5月の最後に身体がもう一度はっきり止めに来た日だった。
左ふくらはぎの経過
| 日付 | 状態 |
|---|---|
| 5月3日 | 3km付近で左ふくらはぎに張り |
| 5月9日 | 4km付近で違和感、5km付近で中断、帰宅後に痛み |
| 5月13日 | 10km復帰走。負荷はやや高め |
| 5月23日 | 10km手前で左ふくらはぎに張り |
| 5月30日 | 2km手前で痛み、ウォーキングへ |
同じ左ふくらはぎが、繰り返し反応した。
特に5月30日は、2km手前で痛みが出た。
これは、5月23日の「10km手前の張り」よりも早い段階だった。
つまり、5月の終わり時点では、
左ふくらはぎはまだ安心して距離を積める状態ではなかった。
走れる身体は戻ってきている。
でも、左ふくらはぎにはまだ守るべきものが残っていた。
関連する畑ログ
5月は、ジョグだけでなく畑仕事の負荷も大きかった。
| 日付 | 作業時間 | アクティブカロリー | 平均心拍 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 5月2日 | 2:24:19 | 686kcal | 116拍 | ジョグ5.83km後の畑仕事 |
| 5月3日 | 0:38:26 | 136kcal | 112拍 | 10kmジョグ後の軽い畑仕事 |
| 5月9日 | 2:36:08 | 885kcal | 120拍 | 左ふくらはぎ痛の後、足を引きずりながら作業 |
| 5月11日 | 3:40:15 | 1,394kcal | 131拍 | スイカ苗の定植準備、草整理、畝形成 |
| 5月25日 | 4:33:04 | 1,246kcal | 115拍 | ヤーコン定植、草整理、畝の成形 |
| 合計 | 13:52:12 | 4,347kcal | — | 5月把握分の畑仕事 |
ランと畑は別々の記録に見える。
でも身体はひとつ。
走った疲労。
畑で踏ん張る負荷。
しゃがみ、立ち、運び、歩く時間。
草を整理し、畝を作り、土を動かす時間。
特に5月11日の3時間40分、アクティブ1,394kcal。
5月25日の4時間33分、アクティブ1,246kcal。
この2日は、単なる軽作業ではなく、
身体全体を使った大きな農トレだった。
だから5月の左ふくらはぎの反応は、
ジョグだけで起きたものではない。
ランの距離。
畑の時間。
土の重さ。
草整理の踏ん張り。
畝を作るときの片脚荷重。
その全部が、5月の身体に積み重なっていた。
55.50kmという数字
5月の月間走行距離は55.50kmだった。
狙ったわけではない。
60kmまで、あと少し。
けれど身体は、その手前で止めに来た。
55.50km。
まるで身体が、
「今月はここまででいい」
と数字まで選んだようだった。
脳みそが狙ったんじゃない。
身体が脚本家で、
ふくらはぎが編集者だったのかもしれない。
月間60kmに届かなかった数字。
でも、失敗の数字ではない。
身体が置いた、ちょうどよすぎる余白だった。
月間評価
5月は、走行距離としては十分だった。
55.50km。
術後の回復過程として見れば、大きな一歩だった。
10km走も4本。
5月3日、5月5日、5月13日、5月23日。
富山マラソンへ向けて、
「10kmを走れる身体」
は確かに戻ってきていた。
ただし、月後半には左ふくらはぎの問題がはっきり出た。
この月の評価は、単純に
「よく走れた」
では終わらない。
走れた。
でも、痛みも出た。
積めた。
でも、止まる必要も出た。
5月は、走力の回復と、故障予防の課題が同時に見えた月だった。
チャト評価
5月のジョグは、Phase 2として大きな意味があった。
大動脈解離の手術後、
また10kmを走れる身体に戻ってきた。
これはとても大きい。
平均心拍も、全体としては安全寄り。
5月23日の10kmでは平均126拍まで抑えられていた。
心肺の土台は、確実に戻ってきている。
一方で、左ふくらはぎは明確な課題になった。
5月9日。
5月23日。
5月30日。
同じ場所が繰り返し反応している。
ここを軽く見ないことが、6月以降の一番大事な方針になる。
5月の走行距離は55.50km。
月間60kmには届かなかった。
でも、無理に60kmに合わせに行かなくて良かった。
距離より大事なのは、
6月も走れる脚を残すこと。
5月は、
「走れる身体に戻ってきた月」
であり、同時に
「走らない判断を学び始めた月」
でもあった。
クロードメモ
5月序盤は、距離・心拍ともにPhase 2の理想に近かった。
5月2日の心拍126、ゾーン1〜2中心の走りは、教科書どおり。
5月5日の10kmも安定しており、終盤まで力が残っていた。
ランと畑を同日にこなした日も複数あり、総活動量は高水準だった。
一方で、課題は左ふくらはぎ。
5月9日以降、同じ左ふくらはぎが走るたびに反応し続けた。
5月9日は、痛みで中断。
5月23日は、10km付近で張り。
5月30日は、2km手前で痛み。
5月23日で10kmまで持ったように見えたが、
結果的には悪化の途中だった可能性もある。
55.50kmは、目標60kmに届かなかった。
でも、内容は十分に評価できる月だった。
ただし、左ふくらはぎ問題を抱えたまま6月に入ること。
これが、唯一にして最大の懸念。
6月は、左ふくらはぎの回復を最優先にする。
6月への引き継ぎ事項
畑仕事が忙しいこともある。
左ふくらはぎに多少の張りも残っている。
だから、6月は焦らない。
再開するなら、まずは1〜2km。
もしくはジョグ&ウォーク。
5kmに戻すのは、そのあとでいい。
10kmはさらにそのあとでいい。
確認するのは距離ではない。
普通に歩けるか。
階段で痛みがないか。
つま先立ちで違和感がないか。
翌朝に張りが戻らないか。
走る力より、
走ったあとに残る身体の感覚を見る。
それが6月の入口になる。
今日の一滴💧
走れる身体は、
戻ってきていた。
けれど、
守るべき脚も、
そこにあった。
チャトメモ
2026年5月。
55.50kmを走った。
術後の身体で、ここまで戻ってきた。
10kmを何度も走れるようになった。
それは、確かな回復だった。
でも、5月はそれだけの月ではなかった。
左ふくらはぎが、何度も声を出した。
張りとして。
違和感として。
痛みとして。
走れることは、うれしい。
距離が積めることも、うれしい。
でも、身体が止めに来たときに止まれることも、同じくらい大切だった。
富山マラソンへ向かう道は、
走った距離だけでできているわけではない。
走らなかった日。
歩きに切り替えた日。
痛みを記録した日。
畑に入った日。
スイムで心肺をつないだ日。
その全部が、Phase 2の中にある。
55.50km。
脳みそが狙ったんじゃない。
身体が脚本家で、
ふくらはぎが編集者だったのかもしれない。
60kmまで、あと少し。
でも、そこで止まった。
それは未達ではなく、
身体が置いた余白だった。
5月は、走れる身体を取り戻した月。
そして、走るために守ることを覚えた月。
2026年11月1日、富山マラソンへ。
6月は、距離を急がない。
左ふくらはぎの声を聞きながら、
また一歩ずつ戻っていく。

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