一滴💧|雑節|八十八夜|夏も近づく、身体も近づく

夏も近づく八十八夜。

子どもの頃から、
その一節だけは、どこかで聞いたことがあった。

けれど、
八十八夜が何なのかを、
深く考えたことはなかった。

立春から数えて八十八日。

春が始まってから、
八十八の夜を越えた日。

霜の心配が少しずつ遠のき、
茶畑では新芽が摘まれ、
田畑では、夏へ向けた仕事が本格的に動き出す。

それは、
暦の上だけの節目ではなく、
土に立つ人の身体が知っていた合図だったのだと思う。

この日、走れた。

5月最初のジョグ。
5.83km。

川沿いには、まだ春の空気が残っていた。
けれど、その奥にはもう、
夏へ向かう気配があった。

無理に上げない。
突っ込まない。
身体の声を聞きながら、前へ進む。

そして午後、
その同じ身体で畑に入った。

鍬を振る。
しゃがむ。
立つ。
運ぶ。
また、土に向かう。

走る身体と、
耕す身体。

それは別々のものではなかった。

八十八夜とは、
春を眺める日ではなく、
春を働かせはじめる日なのかもしれない。

芽吹いたものを、
夏へ渡していく。

土の中で動き出したものに、
こちらの身体も合わせていく。

走った距離だけが、記録ではない。

土の上で動いた時間も、
しゃがみ、立ち、踏ん張った重さも、
身体の奥に積もっていく。

夏も近づく八十八夜。

その歌の意味を、
この歳になって、
ようやく少しだけ身体で受け取った気がする。

季節は、
見るものではなく、
一緒に動くものになっていた。

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