🎎 影を通る夜 ― 上巳と皆既月食

三月三日が「桃の節句」と呼ばれるのは、

桃が古来、魔除けの霊木とされてきたからである。

中国神話では桃は邪気を祓う木とされ、

日本でも春先に咲く桃が節目の花となった。

『桃太郎』が鬼退治の物語であるのも偶然ではない。

桃から生まれ、鬼を討つ。

昔話は、信仰のかたちを変えた保存装置だ。

桃が鬼を祓うという感覚は、

物語を通して今も私たちの中に残っている。

そして今年の三月三日は、

もうひとつの出来事と重なる。

満月が地球の影にすっぽりと入る、

皆既月食の夜である。

月は消えない。

ただ、

白く輝くはずの満月が、

赤銅色に染まる。

それは不吉な現象ではなく、

地球の大気を通った光だけが

月に届くために起きる自然の営みだ。

光は遮られ、

影の中に入る。

それでも、

完全な闇にはならない。

上巳はもともと祓いの日だった。

形代に穢れを移し、

水に流す。

目に見えないものを、

目に見える“形”にして扱う知恵。

皆既月食もまた、

普段は見えない「地球の影」を

私たちに可視化する。

月が影に入ることで、

私たちは初めて

影の存在を実感する。

今年の富山は雨予報で、

その月を直接見ることはできないかもしれない。

けれど、

見えないから起きていないわけではない。

空の上では確かに、

満ちた月が影を通る。

祓いの日に、

月もまた影を通る。

偶然かもしれない。

けれど、重なりは美しい。

雛人形の原型は形代である。

本来は流す存在だったものが、

家の中に置かれるようになった。

流す祓いから、

飾る祓いへ。

外へ出す儀式から、

内に向き合う象徴へ。

端午が陽を立てる節句なら、

上巳は陰で守る節句であった。

月は影に入る。

けれど消えない。

雛は動かない。

けれど、そこに置く。

祓いとは、

消すことではなく、

通すことなのかもしれない。

人形は動かない。

でも、家族の影を静かに受け取る。

だから飾る。

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