一滴💧|七十二候|蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)

蚕が、

桑の葉を食べ始める。

それだけ聞くと、

どこか昔話のようにも聞こえる。

けれど、

この候が作られた頃の日本では、

桑は暮らしそのものだった。

葉は蚕を育て、

蚕は繭をつくり、

繭は糸になり、

糸は着物になった。

一枚の葉が、

遠くの誰かの衣服へと繋がっていた。

だから昔の人は、

桑の葉の開き具合を見ながら、

季節だけでなく、

暮らしの始まりも感じていたのかもしれない。


先日、

ふと見上げた桑の木には、

小さな実がたくさん付いていた。

地面には、

熟して落ちた実。

子どもの頃なら、

きっと拾って口に入れていたと思う。

今は、

その実を見ながら、

葉を食べる蚕を想像している。


七十二候を知るまで、

私にとって桑は、

ただの木だった。

けれど今は違う。

一枚の葉の向こうに、

蚕がいて、

糸があり、

着物があり、

人の暮らしが見える。


昔の人は、

自然を見ていたのではない。

自然の中にある、

暮らしを見ていたのだと思う。

そして、

その暮らしの変化を、

季節として残した。


見上げれば、

桑の葉は風に揺れている。

蚕の姿はない。

けれど、

あの葉を食べる音は、

今もどこかで続いている気がする。


目次

おまけの一滴💧

実がたわわに実る頃になると、

今度は鳥たちがやって来る。

朝早くから、

枝の間を飛び回り、

熟した実を見つけては、

ついばんでいく。

けれど、

桑の実を待っているのは、

鳥たちだけじゃない。

孫たちもまた、

木の下を見上げながら、

黒く色づいた実を探している。

手も口の周りも紫色にしながら、

夢中で実を摘む姿を見ると、

なんだか昔から変わらない景色を見ている気がする。

そして、

その先に待っているのは、

ミユキさん手作りの桑の実ジャム。

甘さの中に、

少しだけ酸味があって、

季節そのものを閉じ込めたような味がする。

蚕は葉を食べ、

鳥は実を食べ、

子どもたちは実を摘み、

人はジャムを作る。

一本の桑の木が、

こんなにもたくさんの命と暮らしを支えている。

そう思うと、

見上げる木陰も、

少し違って見えてくる。

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