田んぼに、
水が入る。
それまで静かだった場所が、
その夜から、
急に鳴き始める。
どこにいたんだ。
毎年、
そう思う。
けれど、
いなかったわけじゃない。
土の中や、
草の陰や、
水路の隅で、
ずっと、
季節を待っていた。
水が張られ、
空気が湿り、
夜の温度が変わる。
その瞬間、
命は、
声を持ちはじめる。
春までは、
花が咲き、
芽が出て、
光が変わる、
目で感じる季節だった。
けれど、
蛙が鳴き始めると、
季節は、
耳にも届きはじめる。
昔の人もきっと、
あの声を聞きながら、
「ああ、夏が来るな」
と感じていたのだと思う。
見えなかったものが、
突然、
世界に現れるのではなく、
ただ、
声になっただけなのかもしれない。

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